コントロールを失った日銀

 経済の重力に逆らえないのは必然であり、それは日本にさえも当てはまる。そのため日本銀行は20日、かつてモデルとして称賛されたが、現在では失政と受け止められている「長短金利操作(イールドカーブ・コントロール、YCC)」戦略から脱却する道をさらに一歩進んだ。

 日銀は10年物国債利回りの許容変動幅を、それまでの0%を中心にして上下0.25%程度から0.5%程度まで拡大すると発表した。この上限はYCC戦略の一環で、日銀はこの戦略の下、長期金利の上昇を抑えるために必要なら無制限に債券を購入すると確約していた。

 日銀の実験は、他国・地域の中央銀行の目に留まった。米連邦準備制度理事会(FRB)は2020年、この戦略を導入する可能性を一時検討し、オーストラリア準備銀行はパンデミック(感染症の世界的大流行)の際に、この独自版の実施を試みた。

 問題は、投資家が日銀の全体的な政策に対して懐疑的な見方を強める中で、YCCには日銀に対抗するよう、市場をあおる効果があったことだ。現在、生鮮食品を除いて前年同月比で3.6%に達している消費者物価指数の上昇率は、YCCに対抗するよう投資家に促した。彼らは最終的に日銀が上限引き上げを迫られるとみていたためだ。これを受け、日銀は上限を維持するため、大量の日本国債を購入せざるを得なくなった。

 しかし、日本のような多額の債務を抱えている国であっても、(市場に出回る)国債の量は限られている。今週発表された統計によれば、(国庫短期証券を除く)国債の日銀保有割合は現在、時価ベースで5割を超えており、長期金利の上限を0.25%程度に維持する措置を継続するには、日銀は国債をさらに買い入れる必要があった。同様の懸念からオーストラリア中銀は、一部国債銘柄の利回り誘導策を撤回したが、これについて同行当局者は、金利を上限内に維持するには発行済みの一部国債の流通分をすべて中銀が購入することを余儀なくされると判断したためだったと述べた。

 20日の日銀による利回り上限の緩和により、日本の10年物国債の利回りは0.4%近辺まで上昇した。円相場は10月に付けた1ドル=150円台の安値水準から132~133円へと反発した。(数字が小さいほど円高を意味する)。日銀は日米の大幅な金利差を容認することで円相場を押し下げていたが、円相場の高騰は家計や輸入エネルギーに依存している産業界にとって恩恵となるだろう。

日銀の黒田東彦総裁は、20日の政策修正について、金融引き締めではないと語った。日銀は依然として、日本経済を3回目の「失われた10年」から救う唯一の策は、超緩和的政策だと信じている。しかし、ゾンビ企業の問題や他の経済的ゆがみに関する証拠が積み上がっていることは、日銀の政策にプラス面よりもマイナス面が大きいことを示唆している。こうした状況は、市場に国債利回りの新たな許容変動幅の限界をすぐにも試すことを促すかもしれない。それは、日銀が主導権を握るチャンスを得る前に、投資家が日銀に引き締め政策を強いる可能性があることを意味する。

 YCCへの支持が薄れている中にあっても、これは他国・地域の中銀に対する警告となる。マイナス金利、量的緩和、フォワードガイダンス、YCCなどの手法が過去15年間に生まれた。こうした金融政策の実験は各国・地域の中銀に、経済に対してこれまでより大きな影響力を手にしたとの幻想を抱かせた。しかし、そこにはコストが伴った。経済状況が変化した際に中銀への信頼が失われるというコストだ。今回、日銀がYCC戦略の統制力を失ったことは、金融当局の意向に市場が対抗する状況を中銀が無理に生み出した場合には、しばしば市場の側が勝利し得るという警告になった。


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