教科書に書かれたマヤ文明の繁栄期を「4世紀ころから9世紀に」から「前1000年頃から16世紀に」に修正した「考古学の新発見」
特別展「古代メキシコ ―マヤ、アステカ、テオティワカン」が、福岡、東京の巡回を経て、2月6日より大阪の国立国際美術館で開催される。 【画像】セイバル遺跡のEグループの増改築 謎めいたイメージが強い古代アメリカ文明だが、最新研究でその実像が明らかにされてきている。 公共広場と公共祭祀建築から、マヤ文明の起源と形成について見ていこう。 マヤ文明では神殿更新がくりかえされ、神殿ピラミッドが同じ場所に増改築される場合が多いため、一番下層にある先古典期の遺構の大規模な発掘調査がほとんど実施されていない。 これまでの調査により、マヤの諸都市で最古の公共祭祀建築群が知られている。グアテマラのワシャクトゥン遺跡の「グループE」で最初に確認されたのでEグループと呼ばれている。 これまでグアテマラのシバル遺跡のEグループが最古と考えられてきたが、近年、青山和夫氏(茨城大学教授)らの国際調査団の調査で新たな発見がなされた。青山氏らによる調査の説明を見ていこう。 【※本記事は、青山和夫編『古代アメリカ文明 マヤ・アステカ・ナスカ・インカの実像』から抜粋・編集したものです。】
セイバル遺跡の調査
私自身の調査から、マヤ文明の起源に迫っていこう。
調査団長の猪俣健(アリゾナ大学)と共同調査団長の私は、アメリカ、グアテマラ、スイス、フランス、カナダやロシアの研究者と国際調査団を編成して、2005年からグアテマラのセイバル遺跡を調査した。
私たちは、都市中心部と周辺部において大規模で層位的な発掘調査に挑んだ。神殿ピラミッド、公共広場、王宮、支配層や被支配層の住居跡などに広い発掘区を設定し、現地表面から10 メートル以上も下にある自然の地盤の無遺物層まで数年かけて掘り下げた。
その結果、マヤ文明の起源とEグループに関する重要なデータが得られた。
ハーバード大学調査団は、1960年代にセイバル遺跡を調査した。彼らは小規模な試掘調査に基づき、先古典期中期に農民が小さな村を形成して徐々に共同体が発展し、先古典期後期まで公共祭祀建築は建造されなかったと考えた。
ところが私たちは、前950 年頃というEグループを検出した。それは、石灰岩の岩盤を平らに削り取った公共広場、その東西に岩盤を整形して土や石を盛った公共祭祀建築の低い基壇からなる。Eグループは、熱帯雨林の中を流れる大河パシオン川を望む比高100 ートルの丘陵上に建設され、「神聖な文化的景観」が創造された。
Eグループの公共広場の東側の「シャアン建造物」は、高さが1メートル、長さが63メートル、幅16メートルという低く細長い土製基壇であった。その西に50メートルほどにある「アハウ建造物」は、高さが2メートル、底辺の長さが4メートルほどの小さな土製基壇であり、正面(東側)には階段が設けられた。
私たちの調査によって、マヤ文明の起源が従来の学説よりも200年ほど早く前10世紀にさかのぼることがわかった。そして、成果を2013年にアメリカの学術誌『サイエンス』に発表した。
この新知見が高校世界史教科書に反映され、マヤ文明の繁栄が2012年の「四世紀ころから九世紀に」ではなく、2013年に「前1000年頃から一六世紀に」に修正された(山川出版社『詳説世界史』)。研究成果を学校教育に還元することは、きわめて重要である。
先古典期中期前半(前950~前700年)には、翡翠製磨製石斧の供物がEグループの公共広場の東西の中心軸線上に埋納されつづけた。図像研究によれば、翡翠製磨製石斧はトウモロコシを象徴した。公共祭祀建築の土製基壇は増改築がくりかえされ、前九世紀以降に石造の神殿ピラミッドを形成していった。セイバルのEグループは増改築をくりかえし、10世紀まで約2000年にわたって活用された。
ライダー導入で広範囲の測量に成功
マヤ低地南部の遺跡を調査するうえで、熱帯雨林の密林は大きな障害となる。草木が生い茂り、獣道しかなく、数メートル先しか見えない。マラリア、デング熱やジカ熱をもたらす蚊の大群や気温40度を超える猛暑は、いつも私を苦しめる。日本から持ち込む最新の野外用蚊取り器は、残念ながらあまり役に立たない。熱帯雨林の茂みには、コブラ科のサンゴヘビ、ガラガラヘビ、英語でジャンピング・バイパーと呼ばれる「跳ぶ毒蛇」も潜んでいる。
熱帯雨林では足元だけでなく、頭上も気をつけねばならない。セイバル遺跡で調査をしていたある日、珍しく強風が吹き荒れていた。私が複数の発掘区を見回っている時に、遠くから発掘作業員たちが「カズオ!」と大声で叫んだ。私が数歩前に歩くと、背後に大木の枝がどさっと落ちた。みんな私が死ぬと思ったそうである。
マヤ文明の遺跡の全容を解明するためには、リモートセンシング(遠隔探査)を導入して、その後に地上の踏査と発掘を実施することが必要不可欠である。ライダー(航空レーザー測量)は、密林に覆われた広範な地域の三次元構造を面的にとらえるリモートセンシングとして大きな潜在力を有する。航空機から発射されたレーザー光は、樹木の隙間から地面に到達し、その往復時間から地表面の考古遺構や地形を迅速かつ客観的に測量できる。
私たちは、2015年にグアテマラ考古学にライダーを初めて導入した。その結果、熱帯雨林に覆われたセイバル遺跡と周辺部の考古遺構や地形を400平方キロメートルにわたって4日間で測量することに成功した。高解像度のライダーデータの高さの誤差は五センチメートル、水平誤差は20センチメートル、計測密度は1平方メートル当たり20地点ほどである。
この広範な面積を地上で踏査・測量すれば、数十年はかかるだろう。実際のところ、当該地域で地上の踏査と測量を完了するのは不可能といえる。なぜか。それは調査に入ることができない麻薬・武器密売人など犯罪者の広大な私有地も点在するからである。当然のことながら、命の危険を冒してまで考古学調査を行う必要はない。