「『普通』に合わせなくていい」高校 新設した不登校配慮コース、入学者が3年で4倍に
さまざまな理由で学校に通えない「不登校」の児童・生徒が過去最多となるなか、不登校生徒の受け入れ強化に乗り出した高校が人気を集めている。愛媛県の私立松山学院高校が令和4年に新設した全日制の「Newコース」は、登校に不安を持つ生徒に配慮した運営が特徴で、初年度約40人に対し、今春は169人が入学する見込みという。こうした高校は全国で増加傾向にあり、専門家は「学びの場確保に加え、社会的自立ができるよう指導する『質の向上』も求められる」と話す。
【写真】生徒が教室に入りたくないときに利用する別教室
■「普通」を強要されない学校
「よく来たね、おはよう」
平日の午後1時すぎ。昼休み中の時間にちらほらと登校してくる生徒に対し、職員室にいる教員らが気さくに声をかけ、自然に教室に入るよう促した。授業が始まると生徒の大部分は机に向かい、教員の説明に耳を傾ける。一方で、教室から出て別の教員と話し込んだり、別室で自習したりする生徒の姿も見られた。松山学院「Newコース」の日常風景だ。
同コースは不登校などを経験し、通学に不安を持つ生徒専用で令和4年度に開設された。校門に最も近い校舎に教室を配置し、体育などの授業も他コースの生徒と動線が交わらないよう調整、教室に居づらい生徒のために自習用の別教室もある。
時間割は、不登校になると不眠や起立性調節障害などで生活リズムが乱れる傾向があることから、国語や英語など卒業に必須の科目は2時間目以降に。専用の職員室があり、小中学校で不登校児童・生徒を教えた経験を持つ教員が指導に当たる。
入学前には生徒や保護者と1時間以上の面談時間を設け、不登校に至った経緯や体調面などをヒアリング。中学時代の過ごし方によって生徒間で学力差が大きいため、振り返り学習やオンラインを利用した大学受験対策にも対応する。
ほとんど中学校に通えなかったという1年の加藤渉さん(15)は「先生はいつも気にかけてくれるし、似たような境遇の生徒が多くて安心できる。中学までの『普通』に合わせなくていいので学校が楽しい」と話す。
■入学者は3年間で約4倍
不登校児童・生徒の人数は近年急速に増加している。文部科学省の調査によると、令和4年度の小中学校における不登校児童生徒数は前年度比22・1%増の29万9048人で、10年連続で過去最多を更新。同県も同様の傾向が続く。
中学生で不登校となった場合、つきまとうのは進路の問題だ。同校によると、県内では学力があっても不登校で出席日数が少ないことなどを理由に、全日制高校を希望しても入学が難しく、定時制や通信制高校に進学するケースが多いという。コース長の尾下桂子さんは「不登校でも、高校生らしい学校生活に憧れる生徒は多い」と打ち明ける。
同校では、こうした現状に問題意識を持っていた吉田慎吾校長を中心に不登校生徒を受け入れる全日制コース設置を模索。校長自ら教員を集め、県内中学校を訪問し生徒にコースを紹介するなどして開設にこぎつけた。
初年度の入学者は44人。当初は教室に入れず涙を流したり、ずっとトイレから出られない生徒もいたという。「それでも、毎日声をかけ、悩みを聞くなどコミュニケーションを重ねるうちに自然と学校生活を送れるようになった」と尾下さん。手厚い対応が評判となり、2年目は115人が入学、今年春は入学希望者が初年度の約4倍となる169人に上った。
■学び場の多様化、質の懸念も
文科省が平成26年に取りまとめた不登校生徒の追跡調査によると、不登校生徒が中学卒業後、高校などに進学した割合は85・1%で、全体の進学率(近年は95%以上)と比べて開きがある。
ただ、不登校問題に詳しい明治学院大心理学部の小野昌彦教授(教育臨床心理学)は「近年は(調査)当時に比べ入試で出席日数を問わないなど柔軟に受け入れる全日制高校も増えてきた。日中に通学できるカリキュラムを用意する定時制や通信制も増加しており、学びの場の整備は進んでいる」と話す。文科省も昨年、不登校の実態に配慮し特別な教育課程を編成できる「学びの多様化学校」(旧不登校特例校)を現在の24校(小中学校含む)から300校まで増やすことを打ち出した。
一方で小野教授は「学びの場確保も大事だが、個々の不登校の要因をアセスメント(見立て)して解消し、再登校を促すカリキュラムがなければ本質的な解決につながらない」と警鐘を鳴らす。不登校の要因を学力、体力、社会性、不安といったさまざまな側面から分析し、適切なアプローチで学校に通えるようにする必要があると強調する。
また、不登校の長期化によって引き起こされる学力低下などの二次的影響も、再登校を阻む要因になりうる。実際に不登校生徒を受け入れているある高校を調査したところ、中退した生徒は全体の約3割。約半数が中学生未満の学力にとどまっており、授業についていけないことが登校できない要因になっていたという。
こうした状況を踏まえ、小野教授は「生徒一人一人の状況にしっかり応じた指導が必要だが、多くの学校ではまだその態勢が整っていない」と指摘。その上で「生徒は不登校期間に本来身に付けるべき力を取り戻す『リハビリ』が必要だ。学校側は専門家などの知見を取り入れ、アセスメントに応じたきめ細かい指導とケアができるよう教育の質も高めなければならない」と話した。(前川康二)