特別支援学校の修学旅行がピンチ、旅行会社に断られるのが常態化 「添乗員なし」で教員は負担増

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「旅行会社としては予算次第ということでしょうが、保護者の負担を考えると増額は難しい問題です。1泊2日だとだいたい1人4万~5万円台の予算ですが、この額で抑えてほしいとなると旅行会社も苦しいはず」

■見積もりさえ断る事情  特別支援学校を含む公立学校の修学旅行の旅費は、教育委員会から目安や上限が示されるケースもある。そのうえで保護者に経済的負担がかかり過ぎない範囲で、学校が行き先や活動内容、予算などを旅行会社に示して見積もりをとる。  この予算額に「大きな問題がある」と口をそろえるのは大手旅行会社の現場だ。参加生徒数が1桁の場合もある特別支援学校の修学旅行。引き受けたくても難しい状況だという。  大手旅行会社の管理職を務める宮城県の50代男性は、10~15年前から修学旅行の予算が厳しくなってきたと実感する。 「以前と比べてホテル代も交通費も大きく上がっているのに、修学旅行の予算はそれほど変わっていません。少子化の問題と経済動向を見据えた料金設定に改めていただかないと、やれるものもやれないです」  と、もどかしさをにじませる。特別支援学校に限らず、利益が見込めない案件は労力を考えると見積もりすら出せないという。 「1校の見積もりを作るのに、真っ白な状態から作るとしたら1週間ではできません。学校が提示する日程に合わせてホテルや交通機関、食事場所などを探します。そうやって見積もりが出せたとしても、学校側には高くて断られる料金を出すことになる。こちらも赤字で引き受けるわけにはいかないからです。宿や食事会場の仕入れを行うセクションがあるのですが、営業の立場からすると利益の見込みのない案件の見積もりに手間と時間を費やしてもらうわけにはいかないわけです。なので、見積もりからお断りせざるを得ない状況になります」  さらにノウハウの問題もあると打ち明ける。 「特別支援学校の修学旅行は刻み食や車いすへの対応などノウハウがあるかないかで引き受けられる旅行会社は決まってきます。お断りする理由は、予算やノウハウ、参加人数など複合的な要素が絡んでいます」  これまで特別支援学校の修学旅行も請け負ってきた大手旅行会社も、見積もりから辞退せざるを得ない状況にある。特別支援学校に限らず修学旅行は予算がギリギリの場合が多く、この会社で営業職を務める都内の40代男性は、契約後の価格変動で赤字になった案件を何度か見てきた。 「人数が多くても少なくても、1校あたりの手配業務は大して変わりません。300人規模ならお弁当の種類を変えて100円ずつ削るとか、どうにかやりくりしてコストを削ります。ところが特別支援学校のように人数が少なく特別な補助や対応が必要になってくるとなると、果たして予算内でできるだろうかと、厳しい判断になってきます」

■生徒のため自腹で下見  さらに社員の人手不足問題もあると語るのは別の大手旅行会社の40代女性だ。 「旅行代理店は深刻な人手不足です。コロナ禍で働き盛りの30代が減って、20代前半と40代以上しかいない状況です。だから会社も学校を選んでいて、予算が厳しいところや手間のかかる学校はあえてガツガツ営業にいきません」  こうした状況下、学校側も添乗員やバスを利用しないなど、さまざまな工夫を試みている。そのしわ寄せが、教員の負担となって重くのしかかることも。  知的障害のある生徒が通う九州地方の特別支援学校中学部では、昨年度、添乗員なしで修学旅行を実施した。生徒は10人未満。引率の女性教員が添乗員業務もこなした。前任者から引き継いだ時点で添乗員なしでの計画は決まっていた。「やはり予算の関係だと思います。私が旅程管理を全部やることになり、もう本当につらくてしんどくて。いまだに思い出すと胃が痛くなります」と女性は振り返る。  さらに下見も一部は自腹だった。管理職を説得して日帰りの下見は許されたが、1日で2泊3日の行程は回りきれず、夏休みに自費で現地へ足を運んだ。 「教頭ら管理職は『下見はいらんやろ』と冷ややかでした。費用を節約したいからだと思います。『行けなかった部分は夏休みに家族旅行で行きます』と管理職に伝えたら苦笑いでした。でも、生徒たちが当日動揺しないためには写真や動画を使った事前学習は必須です。添乗員不在なうえ、下見なしというわけにはいきません」  この旅行では予算の都合で大型バスの利用も見送った。生徒全員が歩けるので路線バスや電車、新幹線を使うことに。これが思いがけず大好評だった。 「普段、スクールバスやデイサービスの車での移動が中心で公共交通機関をほとんど利用したことのない生徒たちだったので、すごくいい経験になりました。新幹線も初めての生徒ばかりでとても楽しんでくれました。子どもたちの成長や保護者の喜びも大きくて、大変でしたがやり甲斐を感じました」(女性)

■特別な意味を持つ機会  特別支援学校の修学旅行は特別な意味を持つ。障害が重くなるほど旅行の経験は少なくなることが多い。障害の種類や程度にもよるが、高校を卒業すると友人と旅に出る機会に恵まれない人も少なくない。  修学旅行は家族にとっても大切な機会だ。千葉県の50代女性は2年前、特別支援学校高等部に通う娘の2泊3日の修学旅行に合わせて母と旅行した。3日間も娘と離れるのは初めてだった。 「貴重な2泊でしたので、母と2人きりで金沢へ旅行に行きました。こういう機会は最初で最後だと思います」  修学旅行から帰ってきた娘は自信にあふれていてひと回り成長したと感じた。 「家族旅行とは違って、お友だちと過ごす時間は特別だったようです。高等部を卒業してしまうと、なかなか同級生と旅行する機会はありません。特別支援学校の修学旅行は、子どもたちにとっても家族にとっても人生の思い出になります。行事を減らす学校も増えてきていますが、修学旅行だけは絶対になくさないでほしい」と女性は話す。  修学旅行の予算の見直しや助成の検討などが必要な状況だが、特別支援学校の修学旅行について研究する岐阜聖徳学園大学教育学部の松本和久教授は、まずは周囲の理解が必要だと考える。 「『共生社会だ』『障害のある人を受け入れてともに過ごしましょう』と言うだけではなかなか伝わりません。まずは『障害のある子どもたちの修学旅行が困ったことになっているんだ』という特別支援学校の修学旅行ならではの困難さを多くの人に知ってもらい、応援団を増やしたい。どうしたらいいか一緒に考えてもらうのは、それからだと思います。私たちはリーフレットを作成するなどして具体案を示してきました。それらが一助になれば幸いです」