おかしな文科相説明。「すべての教師が特別支援教育に関わる」のなら、「調整額を減らす」は理屈にあわない

前屋毅フリージャーナリスト
(写真:つのだよしお/アフロ)

 スクラップ&ビルドという言い方がある。古いものを残したままでは新しいものをつくる余地がないので、新しいものをつくるために古いものを廃棄するという意味だ。しかし教員の仕事は「ビルド&ビルド」、古い仕事を破棄しないで次から次に新しい仕事を押しつけられるのが現状である。スクラップが抜け落ちているから、パンクしてしまう。ところが給与になると、スクラップばかりになりそうな雲行きである。

|すべての教員に特別支援教育の手当支給が必要だ

 特別支援学校・特別支援学級の教員の給料に上乗せして支払われている「調整額」を引き下げる方針を4月15日の閣議後会見で、阿部俊子文科相が認めた。その理由を阿部文科相は、「近年、通常の学級にも特別支援教育の対象となる児童生徒が増加するなど、すべての教師が特別支援教育に関わることが必要となっている」からだ、と説明している。

 すべての教員が特別支援教育にかかわっているのだから、特別支援学校や特別支援学級の教員だけを特別視して調整額を支払う必要はない、というわけだ。これは、おかしな理屈ではないだろうか。

 すべての教員が特別支援教育にかかわっているのなら、「すべての教員に調整額を支払う」のが道理である。すべての教員の仕事が増えているのだから、増えた労働に対価を支払うのは当然だ。

 教員の仕事が増えている現実は無視し、特別支援学校や特別支援学級の仕事が減っているわけでもないのに調整額を引き下げるというのだ。これまでの教員の仕事にかんしてのビルド&ビルドの考え方の延長でしかなく、給与だけはスクラップするというのだ。こんな説明で納得する教員はいないはずである。

 さらに記者会見で阿部文科相は、調整額の引き下げは、国会で審議が進められている給特法改正案で現行で月額給与の4%が支給されている教職調整額(特別支援学校などの教員に対する調整額ではなく全教員が対象)を段階的に10%に引き上げるための財源かと問われて、「財源捻出を目的としたものではございません」と否定している。これも鵜呑みにするわけにはいかない。

 特別支援学校などの教員に対する調整額を減らしたところで、全教員の教職調整額を増やす財源に足りるわけがない。それでも減らそうとしているのは、財務省に対する「減らす努力をしている」というポーズを示すのが狙いではないだろうか。

 教職調整額を段階的に引き上げることを、財務省が完全に納得しているわけではない。とかく、予算が増えることを財務省は歓迎しない。そして、予算を増やすばかりで、減らす努力をしていない、と財務省は文科省に不満をもっている。教職調整額を引き上げるなら、それに見合う削減策も示せ、と内心ではおもっている。

 そうした財務省を無視できるほど文科省も強くない。そこで、今回の調整額の引き下げである。教職調整引き上げの財源確保には遠く届かないものの、「減らす努力をしている」というポーズは示すことはできると考えているのかもしれない。

 そんなポーズのために調整額を引き下げられる特別支援学校や特別支援学級の教員こそ迷惑である。

 先述したように、すべての教員が特別支援教育にかかわっている現実を阿部文科相は認めている。教員の仕事が増えているのを認めているのだから、その対価について言及することこそ文科相に求められていることではないだろうか。それを無視しての発言は、教員の反発を招くだけだ。

みんな同じだから特別支援学校の教師の特別扱いはやめる、という発想。
勤務状況でもなく「みんな同じ」が基準。
つまり村文化。空気。
本当の理由は「カネ」。

それがグローバルを語り、タブレットを持たせ、生徒の主体性で学ぶことを推奨している。
賢い家庭は学校を捨て、塾に。
学校は卒業証書1枚のために何年もの時間をドブに捨てる。