スマッシュ「球速200キロ超え」も!? 悠仁さまと同じバドミントンサークルの学生が「球が速くなっていて驚いた」と証言
10月28日、天皇、皇后主催の秋の園遊会が赤坂御苑で開かれ、騎手の武豊ら各界の功労者、自治体関係者など約1400人が招待された。穏やかな秋晴れの下、天皇皇后の長女・愛子さまや秋篠宮家の次女・佳子さまをはじめ、皇族方が一堂に会し招待客と言葉を交わした。 【写真】チェックのシャツを着て、ノーヘルで自転車を立ち漕ぎする悠仁さま
9月6日に成年式を迎え、成年皇族としての公務を本格的に開始した秋篠宮家の長男・悠仁さまにとって、この園遊会は"デビューの場"になると見られていた。しかし今回は、学業を優先するため欠席。悠仁さまが通う筑波大学では10月上旬から後期授業が始まっており、研究やレポート提出などに勤しんでいるという。
そんな悠仁さまだが、学生生活ではバドミントンサークルに所属し、練習に打ち込んでいる。夏休み中は成年式準備などでサークル活動にあまり顔を出さなかったというが、新学期を迎えてからは再びサークル活動に励んでいるようだ。同じサークルの学生はこう話す。
「この前の練習で、悠仁さまとダブルスで対戦しました。上手な人とそうでない人でペアを組むのですが、悠仁さまは上級者の先輩とペアを組んでいました。球が速くなっていて驚きましたね。以前は甘い球も多かったのに、速い球をしっかり返せるようになっていて、"上達してるんだな"と思いました。球速は200キロを超えているように感じます」
入学当初は、筑波大学附属高校時代からのご学友と行動をともにすることが多かったという悠仁さま。今では、大学で出会ったサークルの仲間たちともすっかり打ち解けているようだ。
「僕が『こんな球も取れないの?』と冗談を言って悠仁さまのペアを煽っても、ニコッと笑って受け流していました。サークルの同級生たちとも仲が良く、和気あいあいと楽しんでいます」(同前)
悠仁さまのサークル活動について筑波大学に聞くと、「当大学の学生の個人的な活動についてはお答えしかねます 」と答えた。また、宮内庁は「承知しておりません」(総務課報道室)と回答した。
悠仁さまは大学生活を謳歌しているようだ。
「SNSの反応を密かに気にしておられるようだ」 悠仁さまが園遊会をご欠席された“本当の理由”
10月28日、都内・赤坂御苑で天皇、皇后両陛下が主催する秋の園遊会が開かれた。成年式を終えられたばかりの秋篠宮家の長男・悠仁さま(19)は「学業優先」を理由に欠席されたが、実はもう一つ、秘めた事情があったという。 【写真を見る】眉毛をつり上げ、目を細めて… ニコニコ笑顔で「家庭円満アピール」に余念がない紀子さま ***
「園遊会に出ない」と決めたのはご本人
令和に入って、両陛下主催の園遊会は今回で6度目となる。宮内庁担当記者によれば、 「騎手の武豊氏(56)や人間国宝の漆芸作家・山岸一男氏(71)など約1800名が招待されました。今春の園遊会から招待者が皇室の方々とより交流機会を持てるようルート変更が行われ、これまで以上に歓談の場面が多く見られる会となりました」 40年ぶりとなる男性皇族の成年式を9月に終えられた悠仁さまのお披露目も期待されたが、 「宮内庁は10月14日、“大学の授業を優先”するため悠仁さまは欠席されると発表しました。関係者は明言を避けますが、“園遊会に出ない”との意向を示されたのは悠仁さまご本人だといわれています。子供の自主性を重んじる当主の秋篠宮さま(59)がすんなり了承されたのに対し、紀子さま(59)はいまも残念なお気持ちを抱えてらっしゃるそうです」(同) 「愛子天皇」待望論が消えない中、紀子さまは園遊会を“お世継ぎはあくまで悠仁さま”であることをアピールする絶好の舞台と捉えられていたという。
ギリギリで教室に……
一方で、4月から悠仁さまが通われる筑波大の学生はこう話す。
「入学以降、朝9時前にスタートする1限目の授業にも悠仁さまは欠かさず出席されていたといいます。必修とはいえ、朝イチの授業だと遅刻やサボる1年生も珍しくありません。でも悠仁さまは、いつもギリギリで教室に入ってこられるそうです。都心の赤坂御用地からの通学はやはり大変とみられますが、勉学に真摯に取り組まれているお姿が伝わってきます」
10月に秋学期が始まり、11月1日からは入学後初となる学園祭「雙峰祭(そうほうさい)』だ。
「悠仁さまはバドミントンサークルと野生動物研究会に所属なさっています。雙峰祭では各サークルが独自の出し物などを披露するため、直前になると毎日21時ごろまで大学に残って準備に追われる学生も増えてくる。6月1日に本祭が開かれた宿舎祭で、悠仁さまはベビーカステラ店の売り子を務められましたが、学園祭が近づくにつれ、“今ごろ、模擬店の準備などに励んでらっしゃるのかしら?”とうわさの的になっていました」(1年生女子)
ネット世論の動向が影響
忙しいキャンパスライフを送られているのは確かなご様子。ただし園遊会欠席に至る背景について、さる宮内庁関係者が明かすには、
「多感な年頃であられるため当然といえば当然ですが、悠仁さまはSNS上で自身に向けられるさまざまな言説をひそかに気にしておられるそうです。園遊会に出席すれば“学業を疎かにしている”といった批判の声が上がるのは避けられず、今回のご判断にはそういったネット世論の動向も影響したといわれています」
前出の筑波大生も、
「悠仁さまが、悪意も含め、SNSに溢れる自身への評価を目にしていないはずがない。“気にするな”というほうがムリでしょう」
皇室解説者の山下晋司氏が言う。
「悠仁親王殿下も成年ですから、ご自身で出欠の判断をされるのは当然のことです。お人柄などを広く知っていただく機会は園遊会だけではありません。新年一般参賀には出席されるでしょうが、都合がつけばご視察などの公務もなさるでしょう。学業優先とはいっても、大学生活を楽しむことも重要です。学生時代に多くの人に出会い、さまざまな意見に触れることは将来の天皇として必ず役に立ちます」
幻に終わった“デビュー”への期待は膨らむばかりだ。
「週刊新潮」2025年11月6日号 掲載
「教諭の質問にお答えになれず」悠仁さま 成績に注目集まるなか目撃された「授業中の懊悩」
「9月6日に、悠仁さまは18歳の誕生日を迎えられます。男子皇族が成年となられるのは、秋篠宮さま以来39年ぶりのことです。それにもかかわらず悠仁さまのご進学先ばかりに注目が集まっているのは、実に残念なことだと思います」
そう語るのは皇室担当記者。
8月25日に、秋篠宮ご夫妻と悠仁さまは京都を訪問し、「第27回国際昆虫学会議」の開会式に臨席された。
「翌日の26日には、悠仁さまの共同研究の結果が、ポスター発表されました。しかし悠仁さまはその場に臨まれることなく、開会式後に帰京されたのです。
世界中の昆虫学者と交流できる絶好の機会だったにもかかわらず、中途半端にも映るご参加だったために、“やはり東京大学の『学校推薦型選抜』の実績作りにすぎなかったのでは”という声もさらに強まってしまいました」(前出・皇室担当記者)
東京大学のHPに掲載されている「令和7(2025)年度東京大学学校推薦型選抜 学生募集要項」によれば、農学部が求める書類・資料の1つとして《活動実績等の資料》と記載されている。
「その例がいくつか挙げられているのですが、《インターンシップ、ボランティア、農業実体験、国際会議への参加等の活動を証明する資料》という文章もあるのです。
《国際会議への参加》という文言は農学部の募集要項のみにしか載っておらず、今回の国際昆虫学会議を想起している人も多いようです」(前出・皇室担当記者)
これまでの皇族方とは、異なる道のりを歩まれている悠仁さま。
「特別入園制度によるお茶の水女子大学附属幼稚園へのご入園から始まり、提携校進学制度による筑波大学附属高等学校へのご入学など、“受験戦略”を指揮されているのは紀子さまだと伺っています。このご選択のために、これまでに類を見ないほど、悠仁さまのご成績に注目が集まっているといえます」(前出・皇室担当記者)
たとえば8月8日発売の『週刊文春』は《筑附で「異例の成績」悠仁さまの“真実”》というタイトルの特集を組み、その記事中では筑附高関係者が次のように証言している。
《生物を除いては、文系科目も理数系科目も成績が伸び悩んでおられる》
■ご両親のご協力が悠仁さまへ悪影響を
また本誌の取材によれば、次のように証言する関係者もいた。
「悠仁さまのクラスでの授業を受け持った教諭は、“質問をされても悠仁さまは、お答えになれず、硬直されてしまわれた”と話していました。はたして筑附へのご進学は、悠仁さまにとって望ましいことだったのか……」
静岡福祉大学名誉教授の小田部雄次さんは、これまでも将来の天皇に求められるのは“徳”であり“学歴”ではないと指摘してきた。
「多くの国民がそう感じているように、私も秋篠宮ご夫妻のお振る舞いからは、悠仁さまのご進学のためには、なりふり構われていないような印象を受けています。ご家族での国際昆虫学会議へのご参加も、悠仁さまの推薦入学のための“実績作り”のためと思えてしまうのです。秋篠宮ご夫妻は、ご進学のための過剰な協力が、悠仁さまに対する国民の共感に、悪影響を及ぼしてしまうことを認識されるべきだと思います」
一途に悠仁さまのご進学に注力されている紀子さま。なぜ“暴走”ともいわれかねないご姿勢を崩そうとされないのか。
ある宮内庁関係者はこう語る。
「悠仁さまと学者たちとの共同論文発表や、ご家族での国際的な学会へのご参加……。“実績作りにすぎないのでは”という国民からの批判があるにもかかわらず、そうした手段に固執し続けておられるのは、紀子さまが上皇ご夫妻との“秘密の約束”を心のよりどころとされているためだと思われます。眞子さん、佳子さまに続く第三子のご懐妊にあたっては、上皇ご夫妻のご許可があったとされているのです」
’06年2月8日付の朝日新聞は、悠仁さまご誕生にまつわる秋篠宮さまのお言葉を報じている。
《「東宮さまのほうに遠慮していたが、『もうそろそろいいよ』とのお許しがあったもので……」
秋篠宮さまは親しい人にこんな話をもらしたことがあるという。
’03年12月、当時の湯浅利夫宮内庁長官が記者会見で「皇室の繁栄を考えると、(秋篠宮ご夫妻に)3人目を強く希望したい」と述べた後のことだった》
前出の宮内庁関係者が続ける。
「“お許し”とは上皇ご夫妻のものにほかなりません。上皇ご夫妻と秋篠宮ご夫妻が話し合われたのは20年ほど前と思われます。
当時の小泉政権下では、女性・女系天皇を認める方向での皇室典範改正が議論されていましたが、愛子さまはまだ幼く、いまほど女性天皇誕生を望む声が強かったわけではありませんでした。
上皇ご夫妻は秋篠宮ご夫妻へ、“男子が誕生すれば、男系による皇位継承も維持できる”という意向を示されたのでしょう。
紀子さまにとって“上皇ご夫妻から皇室の将来を託された”という感動は、天皇となるべくして生まれた悠仁さまのご進学への強い使命感を生むとともに、国民からの批判を顧みない強行策へと駆り立てるものとなったのです」
ご誕生前から宿命を背負われ、ご両親と国民のはざまで懊悩されている悠仁さま。そのご将来に光が射すことを切に祈りたい。

