総合型選抜に有利だから?…高校の「探究学習」で大学の研究者たちが疲弊 話がかみ合わず「1人に10時間」かかったケースも
末冨芳さんなど2名の専門家が推薦中 近年、「探究学習」が大きな注目を集めている。探究学習(総合的な探究の時間)とは、生徒一人ひとりが課題を設定し、教科横断的・総合的に学びを深めることを目的とし、高校では新しい学習指導要領の目玉のひとつとなった。ハイレベルな探究学習ができることをアピールする学校も出始め、その“成果”は大学入試における「総合型選抜」「学校推薦型選抜」で有利になるともいわれる。しかし今、この探究学習を巡って思わぬ波紋が広がり始めている。探究学習が大学受験のための「手段」として利用されたり、高校生が大学の研究者たちの時間を奪ってしまったりする実態が露見してきたのだ。大学教授や高校の教員らに現状を取材した。
【写真】探究学習の研修を受ける教員。実際に質問を受ける研究者たちは…
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早稲田大学文学学術院の小塩真司教授(心理学)のもとにはここ2~3年、面識のない高校生らから定期的にメールが届く。「探究学習で調べている。〇〇について教えてほしい」といった内容で、素朴な疑問を気軽に送ってきている印象を受けることが多いという。
「ある程度調べたうえで質問してくれるケースもありますが、高校生ですし、かなりフワッとした質問や簡単な内容を聞かれることも珍しくありません。メールで返答して終わることもあれば、オンラインで話を聞きたい、研究室に行きたいと要望されることもあります」(小塩教授)
これまで、基本的にはすべての要望に応えてきた。基礎的な疑問でも高校生の学びへの興味をむげにすべきでないとの思いからだ。実際に会って話をすればやる気や熱意も伝わってくる。一方で、疑念も積もる。
「高校から大学の広報部へ正式な依頼があり大学として対応するということなら、業務の一環として納得できます。しかし現状は生徒個人とのやりとりで契約も何もない無償労働ですし、数が増えると本業にも支障が出ます。また、相手の背景知識も、自分の答えがどう使われるのかもわからずに回答するのは、こちらにもリスクがあると感じます」(同)
いま、多くの研究者らがこうした事態に直面しているようだ。一体なぜか。東京の高校で働く男性教員は背景をこう説明する。
「探究学習では生徒ひとりひとりがテーマを設定するので、教員の知識だけで指導するのが難しいことが少なくありません。また、学習指導要領の解説にも『専門家らの協力が欠かせない』などの内容が書かれており、教員側が『ダメ元でも』と連絡をすすめることもあると思います」
高校生側は1通のメールを送るだけと気楽に考えるかもしれない。しかし数が積もると、研究者にとって大きな負荷になる。
■やりとりが全くかみ合わない
国立情報学研究所の新井紀子教授(数理論理学/人工知能)は最近、研究者データベース内にある自身のページに「中高生の探究活動について」という“注意書き”を加えた。「探究活動に関するご相談が増えています」とし、「個別の専門的助言や指導を目的とするお問い合わせには対応いたしかねます」と追記した。新井教授は言う。
「中高生からさまざまな質問メールが届きます。生成AIが中高校生にも広がった今年の夏ごろから特に多くなった印象です。文面は丁寧ですが、『〇月〇日までにご回答を』などと書かれていることもあります」
できる限り対応してきたが、専門分野や著書に関わる内容でも正確に論拠を示して回答するには時間がかかる。今夏は全国の中高生から多くの質問があり、研究時間の確保がままならなくなることもあったという。さらに、こんなケースもあった。
「答えを与えるだけでは本人のためにならないと思い、『あなたはどう思ったの? 本にヒントがあるから探してみて』と返信しました。すると実際は本を読んでいないのか、読んでも理解できていないのか、やりとりが全くかみ合わない。それでも途中で知らんぷりもできず、合計で10時間以上その人とのやりとりに費やすことになりました」
新井教授自身、高校生が専門家と直接やりとりすることで生まれる学習効果は否定していない。学びを深めるうえで専門家の声を聞きたい場面もあるだろう。それでも、直接の接触にはオープンキャンパスや公開講座など大学側が用意している場を活用してほしいという。
もうひとつ、新井教授が懸念するのが、探究学習の成果が大学の総合型選抜や学校推薦型選抜に利用されていることだ。実際、これらの入試は探究学習との親和性が高い。前出の高校教員が言う。
「自分の興味をもとにテーマを定めて探究すると、『大学でさらに学びたい』という志望理由につながります。また、総合型選抜などでは高校生活で取り組んだ活動をアピールすることが多いですが、探究学習の成果はうってつけで、そこを目的に探究学習に取り組む生徒もいます」
■入試の公平性が損なわれる
新井教授のもとにもこうした声は届いている。今夏に連絡が多かったのも、入試に間に合わせるためかもしれない。新井教授は続ける。
「研究者が特定の受験者だけを支援すると、入試の公平性が損なわれることになると反省しました。大学教員とツテがあったり、うまくやりとりできたりした生徒だけが有利になるのも問題です。高校生の知的好奇心からの質問でも、断る勇気も必要だったと感じます」
一方で、保護者や高校の教員らからは切実な声も届く。
中国地方に住む私立高校教員の田中誠さん(仮名)は、娘2人と息子1人が探究学習の成果を評価され、3人とも学校推薦型選抜で東京大学に進学した。特に、長女と長男は大学教員に長く助言や指導を受けてきたという。
「長女は高校の探究の授業で、長男は授業とは全く別に中学生のころから取り組んでいたテーマでしたが、長女は妻の友人に紹介していただいた大学教員、長男は小学生のときにイベントでお会いした研究者に連絡して研究方法の相談をしたり、アドバイスをいただいたり、長くご指導いただきました。大学の先生とコラボした事実だけで入試に有利になることはないでしょうけれど、助言やご指導をいただいたおかげで探究が深まったのは間違いないと思います」
田中さんの子どものケースは入試のための付け焼き刃の探究ではなく、学習意欲と努力があってのことだ。それでも、大学教員の指導がなければこれだけの成果をあげることは難しかったと振り返る。また、田中さんは高校教員としても探究学習を担当しており、難しさを痛感している。
「私たち高校教員のほとんどは本格的な研究の経験を持っておらず、深い指導には限界があります。また、うちは田舎の高校なので高大連携の機会は乏しいし、大学のオープンキャンパスや公開講座に参加するのも大変です。大学の先生に話を聞こうにも、直接アプローチするしか方法がない。大学の先生に負荷がかかる実情はわかりますが、本当に興味がある子が主体的に学ぼうとしたときに、何とか専門家に助けていただける道があるといいのにと思います」
■95%以上の教員が探究学習に「課題」
実際、教育支援活動を行う認定NPO法人カタリバが2022~23年に全国の教員を対象に行った調査では、95%以上の教員が探究学習に「課題を感じている」と回答した。カタリバで探究学習支援などを担当する横山和毅さんは言う。
「教科書や単元も決まっていない中でテーマを設定し、カリキュラムをつくり、生徒一人ひとりに伴走する探究学習は高校現場にとっても頭を悩ませてしまうのは当然です。また、調査では探究学習に取り組み始めてから年数がたっている先生ほど、外部との連携に悩んでいることが明らかになりました。これは、当初は探究学習を前に進めること自体に悩んでいたところから、カリキュラムが回り始めるとより深い学習を目指すうえで専門家の力が必要になってくるのだと思います。大学の研究者らに連絡が集中しているのも、そんな過渡期ゆえかもしれません」
横山さんは高校側の悩み、大学教員の声双方が理解できるとして、こう続ける。
「社会のなかのさまざまな人が学びに関わることは意義があることだと思います。一方、研究者が無償のサービスで高校生の探究学習に関わり疲弊するのも問題です。自治体・高校側が予算を付けてコーディネーターを配置したうえで、地域の中で教育に関わる人をリソースとして集める取り組みを増やすことも有効でしょう。例えば企業には高校生の学びに関わりたいというニーズがありますし、私たちの取り組みでは探究を経験した卒業生がボランティアで関わってくれることも多い。大学の先生にアプローチするにしても、高校側では直接研究者に会いに行くことで育てたい力は何かを明確化する必要があります。また、コンソーシアムを組んで大学が担当者を置き、スムーズな連携を組んでいる事例もあります」
探究学習が本格化し始めた今の時期だからこそ、持続可能な学びの形づくりが求められている。

